スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
FC2 Blog Ranking

ヴェネツィアに3度目の恋 

  • [2015/03/08 15:33]
 どの時代にも世界中の多くの人々の憧れの地であり続け、現在も尚 その魅力が旅人の心を捕えて離さない水の都 ヴェネツィア。

しかしながら、ルネサンスを語るとき、フィレンツェではなく、そのヴェネツィア(を中心にした現在のヴェネト州)のルネサンス期を彩った面々を知る人は?となると、そう多くはないだろう。

私自身も、画家をあげろと言われて
ティツィアーノカルパッチョティエポロの名前を言うのがやっとという程度。

そしてさらに、16世紀前半には、ヴェネツィアが出版界における世界の中心地であった。という事実を知る人は、意外に少ないかもしれない。

その、ヴェネツィアの隆盛をつぶさに語った名著

アレッサンドロ・マルツォ・マーニョ (Alessandro Marzo Magno)著
そのとき、本が生まれた』 をだいぶ前に読み、
文化の発信源:ヴェネツィアへの認識を新たにしたのだが、

今回

ラウラ・レプリ(Laura Lepri)著
書物の夢、印刷の旅 ~ルネサンス期出版文化の富と虚栄~
を読むに至り、ヴェネツィア、さらにかつて滞在したことのある近郊の町 
アーゾロ、パドバ等への郷愁、恋慕の情が、ふつふつと湧いてきた。

この本は、1528年にヴェネツィアで出版された『宮廷人』の著者 当時スペインの地で教皇大使の任についていた
バルダッサーレ・カスティリオーネ(Baldassare Castiglione)が、自著の出版に至るまでの顛末:誰を介して、どんな出版社に依頼し、誰が校正を…をメインテーマに据え、当時のヴェネツィアの立ち位置など歴史的背景や登場人物たちの出自や文化的・政治的交友関係などを縦横無尽に織り込み、一枚の立派な、色鮮やかなタペスリーに織り上げた感の作品である。

私は、主要人物たちよりも、ほんの一行、あるいは話の流れで数回しか登場しないような人物たちの中にこそ、馴染みの名前をいくつか見つけた。

・言わずと知れたラファエロ
・かつてこのブログにも書いたベンヴェヌート・チェッリーニ(Benvenuto Cellini)
・建築家 パッラーディオ

そして、『宮廷人』の出版元(且つ印刷所)こそが、出版界のミケランジェロとも称される
アルド・マヌーツィオ(Aldo Manuzio)
アルドゥス・マヌティウス>亡き後のアルド印刷所の後継者たち。

ぞういった人物たちと、直接的、あるいは間接的に関わりを持つバルダッサーレ・カスティリオーネが、ウルビーノの宮廷を描き、当時のベストセラーとなった『宮廷人』、さっそく図書館から借りてきて、読み始めている。


さて、話を戻すが、
書物の夢、印刷の旅 ~ルネサンス期出版文化の富と虚栄~』には、大変興味深い人物が登場する。
フェラーラ滞在時期に、かのルクレツィア・ボルジア(Lucrezia Borgia)とただならぬ関係にあったこともあるという
ピエトロ・ベンボ(Pietro Bembo)。
ピエトロ。ベンボ枢機卿当時の肖像画は、2008年のティツィアーノ展、あるいは作品集で観た覚えが。

若いころには、この様にかなりの美男子。
ベンボ1

そのベンボが書いたという『アーゾロの談論』。

キプロス女王にして、ヴェネツィア共和国政府に地位をはく奪された
カテリーナ・コルネル
カタリーナ・コルナーロ/Caterina Cornaro )が、アーゾロで築いた宮廷世界の香り漂うという。
発注済み。到着を待っているところだ。
FC2 Blog Ranking

読み応え十分の捜索ドキュメント 

  • [2013/09/15 00:54]
読みたい本を入手するには、
買う」と「借りる」 2つの方法がありますが、
「買う」場合には、貯めたポイントうんぬんをはしょると、

定価で買う」か「古本を安価で買う
のどちらかを選択することになります。

両者を比べると、明らかに古本の方がお得で、基本的に本(特に小説の類)は一度きりしか読まない。という私は、古本で済ますことが多いです。
しかし、あえて本を定価で買う場合も度々あり、それには理由があって、鉄則という程ではないのですが、自分の中で一定のルールを決めています。

画集写真集は、新しく、綺麗なものを。絶版・廃刊など、やむを得ない場合を除いて定価で買う
②定価と古本の値段の価格差が、単行本でだいたい200円位、文庫本でだいたい100円位だったら、綺麗な新品を買う(その時の気分や作品によって妥協点がゆらぎます)
③資料として価値がある本や名作など、読み終わった後にも恐らく何度か手に取るであろう本は新品を買う

そして
自分が好きな作家への敬意を表し
自分が支払ったお金の何分の一かが、出版社を通じて、印税として 
きちんと作家に届けられる(支払われる)ために、定価で買う
(自明のことですが、古本を買った場合、作家にお金は渡りません)

さて、現在私には、「この作家(著者)の本は、絶対に定価で買う 」という作家が二人います。

一人は、TBSドラマ「半沢直樹」の原作者で飛ぶ鳥を落とす勢いの池井戸潤 氏。
氏の作品との初めて出合いは、トラックのハブ破損が原因でタイヤが脱落し、横浜の母子3人が死傷する事故が起き、後に自動車会社の組織的なリコール隠しが判明した事件を取り上げた小説

空飛ぶタイヤ

フィクション以上にノンフィクション本が好きな私にはたまらない
一応フィクションとして発表されているけれども、極めてノンフィクションに近い作品です。

数年後には、皆さんご存知のように

下町ロケット』で直木賞を受賞しましたね。以後、新作は、ほぼ全てを購読しています。
池井戸作品の魅力は、何と言っても勧善懲悪、ハッピーエンド(もしくは希望を残してのエンディング)でしょうか。もちろん、描かれる業界の裏側を垣間見る面白さや、苦悩し、時には挫折しかかった主人公が、時の運や仲間を味方につけて、問題を解決していく爽快さというのもあります。次作では、どんな業界を描く予定なのか、非常に楽しみにしています。

そして、私が絶対にその本を定価で買うという作家、二人目は、
六草いちか 氏。今回のブログ記事の本題は、氏の新作紹介です。

それからのエリス

氏は2年前、知る人ぞ知る功績をあげました。
森鴎外の『舞姫』のエリスのモデルとなったベルリン時代の鴎外の恋人が誰であるかを特定したのです。

鴎外の恋~舞姫エリスの真実』にて発表されました。

それまで、何人もの研究者、作家らによって 他の人物がエリスであるという説が唱えられ、本も出版されてきましたが、証拠が不十分であるという感は否めず、また、強引な推論により結論づけられている場合も見うけられました。
しかし、ドイツ在住のライター:六草いちか氏は、連日 地道な調査を重ね、数ある教会の中から ある古い教会の洗礼記録などから人物を特定。過去に名前の挙がったことのなかった女性:
エリーゼ・ヴィーゲルトが『舞姫』のエリス・ワイゲルトのモデルであると結論付けました。
この反響は大きく、森家(鴎外の子孫)の方々にも、恐らくこれが真相であろうと、好意的に評価されたようです。
(参考:森千里著 『鴎外と脚気~曾祖父の足あとを訪ねて』)

あれから2年半後の9月4日に上梓された『それからのエリス』、実は私は出版に先んじて新聞に掲載された
エリーゼの40代~50代初めのころの写真とそれに関する記事を見て、前作の続編が出たことを知ったのです。
当然ながら、すぐに買って読みました。

エリーゼの実像に迫る六草氏の奮闘ぶり、紆余曲折を綴った、
いわば、エリーゼ捜索ドキュメント。(池井戸作品に通ずるものがあります)

本作で、エリーゼが日本からベルリンに戻った後に辿った人生、家族、終焉の地などが明らかになります。
六草氏はエリーゼの親族を見つけ出し、エリーゼの遺品と共に、写真も見せてもらい、お話を伺いました。
六草氏の粘り、根気に脱帽です

さらに氏は、前述の森千里さん(鴎外の長男のお孫さん)や、三男のご子息と交流し、千葉の別荘に足を運んだことをつまびらかにし、また現地の日本人建築家の協力を仰いで、鴎外のベルリンでの3件目の下宿先の部屋の位置を推論し、鴎外作品や子供たちのエッセイを読み込んで、別の人との結婚を決断した鴎外とエリーゼそれぞれの心情にまで迫ります。

もともと私は、鴎外の長女 森茉莉の作品が好きになり、
(参照サヴァラン好き~その1
それがきっかけで父親としての森鴎外に興味を持ち、さらに若き日にエリーゼと別れざるをえなかった あの時の苦い記憶と心の傷をいつまでも癒せずにいた鴎外の悲しみに、何故か関心が向くのです。

一人の作家の人生をたどるだけではなく、作品だけでは読み取れない部分をまでも知り尽くしたいと思う作家は、
森鴎外ただ一人。

六草氏のエリーゼ捜索ドキュメント、果たして次回作はあるのでしょうか?
これだけ多くのことが明らかになった今、さらに新事実を発見するというのは相当に難しいだろうと想像します。

それでも、気長に待ちたいと思います。そして、出版された暁には、
必ず定価で購入いたします(古本には手を出しません)。
FC2 Blog Ranking

日記日記

古典が苦手が私が、なぜイタリア古典文学を読み始めたか 

  • [2013/03/02 15:31]
かつては「○○古典文学」、「古典○○」という文字が目に入ると、スルーしてしまい、
歌舞伎や文楽、能といった いわゆる日本の古典芸能も、その舞台が醸し出す独特の雰囲気や衣装、役者に興味がありつつも、テレビで劇場中継を見始めると、演者の言葉が十分には理解できない、あるいは相当な集中を要すことからストレスが溜まり、次第に飽きてきてしまうというほど
古典が苦手な私。

文語体の小説を読むのはどうにかできるものの、日本の古典文学作品には、まるで食指が動きません。

しかし一方で、ギリシャ神話は面白いと思いますし、以前記事にしたように、ラテン語には、少なからず興味があります。
「古典」も、意味さえきちんとわかれば、好きなのです。

それでも、現代イタリア文学作品よりも日本ではむしろ知名度の高いイタリア古典文学作品
ダンテの「神曲」
ボッカッチョ「デカメロン」などを
読破してみよう、と思う機会が何度かありながら、実行するまでに至りませんでした。そこには、やはり、古文や古典への苦手意識があるからなのでしょうか?あくまでもダメなのは日本の古文、特に聴くのが苦手なんですが。

昨年のことです。iTunesソフトが、デザインや機能を一新し、プレイリストの作り方や表示などがずいぶんと変わりました。それで、いろいろ試して、いつもは表示させない管理画面(アカウント情報だったかな?)などを見ていくうちに、以前使っていたパソコンで購入した曲のデータが残っているのを発見。
今更ながらなんですが、1つの曲を、2台のパソコンで聴けるんですね。初めて知りました。

いったいいつ購入したのか記憶がまるで無い
イタリアのメゾソプラノ歌手 
チェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli)

アルバム『Art of Cecilia Bartoli』に収録されている数曲も復活しました。
最初の曲が、あの有名な「泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」



今やCMやドラマ、旅番組などで頻繁に流れる曲ですが、1980年代に
キャスリーン・バトル(Kathleen Battle)のアルバムを購入し、その中に収録されていたお気に入りの一曲で、頻繁に聴いていた記憶があります。

作曲したのがヘンデルだということは以前から知っていましたが、
ではいったい何というオペラのアリアなのだろう?

それをWikiで調べたのが、全ての始まりです

ヘンデルのオペラ『リナルド』、原作は

タッソの『エルサレム解放

第一次十字軍遠征におけるキリスト教軍とイスラム教軍による壮絶な戦いと悲恋の物語ですが、その内容もさることながら、ルネサンスからバロックへの移行期にあたる16世紀後期のイタリアに生きた作者タッソの数奇な人生(7年間もの幽閉やその前後の流浪など)を本の解説で知り、そのタッソに影響を与え、当時文学を志す者全てが一度は読み、さらに絵画や彫刻ほか多くの芸術作品の題材になっている他のイタリア古典文学作品へと、興味が広がりました。

ダンテの『神曲


ボッカッチョの『デカメロン


ペトラルカの『カンツォニエーレ


アリオストの『狂えるオルランド

この4作品の内、『神曲』は読み終わり、今は『狂えるオルランド』を読んでいます。

狂えるオルランド』は、すでに読み終えた2作品よりも遥かに面白い。訳者の腕もあるのでしょうが、視覚的表現が多くてイメージしやすく、話の展開も、古典にありがちな稚拙さ、単調さをさほど感じません。

 ・過去の記事思い立ってラテン語
FC2 Blog Ranking

日記日記

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。