古典が苦手が私が、なぜイタリア古典文学を読み始めたか 

かつては「○○古典文学」、「古典○○」という文字が目に入ると、スルーしてしまい、
歌舞伎や文楽、能といった いわゆる日本の古典芸能も、その舞台が醸し出す独特の雰囲気や衣装、役者に興味がありつつも、テレビで劇場中継を見始めると、演者の言葉が十分には理解できない、あるいは相当な集中を要すことからストレスが溜まり、次第に飽きてきてしまうというほど
古典が苦手な私。

文語体の小説を読むのはどうにかできるものの、日本の古典文学作品には、まるで食指が動きません。

しかし一方で、ギリシャ神話は面白いと思いますし、以前記事にしたように、ラテン語には、少なからず興味があります。
「古典」も、意味さえきちんとわかれば、好きなのです。

それでも、現代イタリア文学作品よりも日本ではむしろ知名度の高いイタリア古典文学作品
ダンテの「神曲」
ボッカッチョ「デカメロン」などを
読破してみよう、と思う機会が何度かありながら、実行するまでに至りませんでした。そこには、やはり、古文や古典への苦手意識があるからなのでしょうか?あくまでもダメなのは日本の古文、特に聴くのが苦手なんですが。

昨年のことです。iTunesソフトが、デザインや機能を一新し、プレイリストの作り方や表示などがずいぶんと変わりました。それで、いろいろ試して、いつもは表示させない管理画面(アカウント情報だったかな?)などを見ていくうちに、以前使っていたパソコンで購入した曲のデータが残っているのを発見。
今更ながらなんですが、1つの曲を、2台のパソコンで聴けるんですね。初めて知りました。

いったいいつ購入したのか記憶がまるで無い
イタリアのメゾソプラノ歌手 
チェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli)

アルバム『Art of Cecilia Bartoli』に収録されている数曲も復活しました。
最初の曲が、あの有名な「泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」



今やCMやドラマ、旅番組などで頻繁に流れる曲ですが、1980年代に
キャスリーン・バトル(Kathleen Battle)のアルバムを購入し、その中に収録されていたお気に入りの一曲で、頻繁に聴いていた記憶があります。

作曲したのがヘンデルだということは以前から知っていましたが、
ではいったい何というオペラのアリアなのだろう?

それをWikiで調べたのが、全ての始まりです

ヘンデルのオペラ『リナルド』、原作は

タッソの『エルサレム解放

第一次十字軍遠征におけるキリスト教軍とイスラム教軍による壮絶な戦いと悲恋の物語ですが、その内容もさることながら、ルネサンスからバロックへの移行期にあたる16世紀後期のイタリアに生きた作者タッソの数奇な人生(7年間もの幽閉やその前後の流浪など)を本の解説で知り、そのタッソに影響を与え、当時文学を志す者全てが一度は読み、さらに絵画や彫刻ほか多くの芸術作品の題材になっている他のイタリア古典文学作品へと、興味が広がりました。

ダンテの『神曲


ボッカッチョの『デカメロン


ペトラルカの『カンツォニエーレ


アリオストの『狂えるオルランド

この4作品の内、『神曲』は読み終わり、今は『狂えるオルランド』を読んでいます。

狂えるオルランド』は、すでに読み終えた2作品よりも遥かに面白い。訳者の腕もあるのでしょうが、視覚的表現が多くてイメージしやすく、話の展開も、古典にありがちな稚拙さ、単調さをさほど感じません。

 ・過去の記事思い立ってラテン語
FC2 Blog Ranking

日記日記

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://siccomesiciliana.blog9.fc2.com/tb.php/714-8a6ccaec