この夏描いた水彩画 

母に、どの花が一番好きかと聞きました。

野に咲く花が好きだということは、子供の頃に聞いて知っていましたが、どの花が一番なのかは知りません。

父「野菊でしょ」
私「違うんじゃない?」

母「アザミよ」
私「へぇ、でも何故?」

母「小学生の時の国語の教科書に、アザミの話が出ていて、それを読んで以来好きなのよ。」

そういえば、遠い昔、そんな話を聞いたことがあるような。

母「お父さんはカンナでしょ」
私「絶対違うよ」
父「カンナってどんな花だったっけ?」
私「玄関先にあったのをひっこぬいちゃったあの赤い花。私好きだったのに。」

以前、ブログにそのことを書いたことがありました。
 ・こちらドイツのヒマワリ(幸せテディベアのモノローグ)

父が好きなのは、カンナの花ではなく、やはり小学校の国語の教科書に載っていた
カンナを詠った詩です。
子供の頃に出合ったその詩が大変気に入り、半世紀以上たった今でも、部分的に覚えているのです。

「この夏描いた水彩画 
 カンナの花の血の色よ
 町の従妹が帰る時 
 あれほど欲しいと云ったのに…」

父「あれ程好きで、一生懸命覚えた詩なのに、全部は覚えていないなぁ」
私「なら、ネットで調べてみる?」

意外にもすぐに判明しました。父同様、子供の頃に教科書でこの詩を知ったという方のブログに、
作者が千家元麿だということ、タイトルが『赤いカンナの血の色よ』であることも含め、詩の全文(恐らく)が載っていたのです。

カンナ 『赤いカンナの血の色よ』(作詩:千家元麿)

 この夏描いた水彩画 
 いま出して見て夏恋し
 青葉のそよぎ陽の光 
 カンナの花の血の色よ
 町の従妹が帰る時
 あれほど欲しいと云ったのに
 つい遣らないでそのままに
 別れたことが偲ばれる
 ふと描き出す夏の夢 
 外はちらちら雪が降る。
tn0391のブログより転載> 

文学の中、つまり文字で表現された世界に咲く花や、その花の色に想いを馳せる。
こういう思い出は、残念ながら私の記憶の中にはありません。
花の記憶は、ほとんど全て自分の目で観て、香りを嗅ぎ、感じた想いを心に刻み付けておいたものばかり。

文字で描かれた花に心をよせる。愛情さえ感じる。
そういう文学作品に出合いたいものです。
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日記日記

コメント

私は

赤毛のアンの「不運な百合の乙女」
死体ごっこして、百合に包まれて舟で流されてゆく…
その百合のむせかえるような匂いと、純白の花弁が、清らかなお留の不幸を一層際立出せる…
私が一度やってみたいと思っている遊びです。
薔薇好きもここでは絶対に百合。

碧さん

小説の中の世界では、バラよりもむしろユリの方が蠱惑的で、存在感もあるように感じます。やはり、狂おしいほど匂い立つあの香りと、恐ろしいほど完璧なあのフォルムが、あの花を特別な存在にするのでしょうか。

バラの場合、バラという文字を読んでイメージする花は、人により様々でしょうし、自分の中でも、イメージが固定されていません。ユリの場合は、必ず純潔無垢の白百合。そして、「あの時嗅いだユリの香り」と明確に記憶の引き出しから香りも一緒に取り出してきます。

あれは7月下旬だったか、8月上旬だったか、庭先に、白百合がたった一本、ひっそりと咲いていました。しかも、今まで咲いたことのない場所に。あれは鳥の落し物?それとも天使の戯れ?
もちろん腰をかがめて、香りを嗅ぎました。

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