家を読む人~その2 

家を読む人~その1の続きです。

前回は、海外の有名どころ作家20人の家を紹介した「作家の家~創作の現場を訪ねて」と言う本があって、楽しく読めた。という程度の内容で終わってしまいましたので、今回こそはもう少し私的なお話をしていきたいと思います。
(文章を打っている最中に、Explorerのエラーで一度文が全て消えてしまい、再び打ち直し、やっと一度打ったと同じところまで来たところで力尽きました。)

そもそもこの本の存在を知ったのは、新聞広告を見てのことでした。作家の家、まずそのタイトルから頭に浮かんだのは何年も前に訪れた米国キーウェストのヘミングウェイの家。マイアミから車で4時間かけてやっと着いたキーウェストは、パステルカラーの美しい建物が建ち並ぶ、陽気で明るい、バケーションにはうってつけの街でした。世界中から大挙押し寄せる観光客のお目当ては、もちろんヘミングウェイの家です。

作家の家を訪れるということに、覗き見的な好奇心と、観光名所なのだから、一応は抑えておかなければ、という観光客がとらわれやすい義務感、さらに、ヘミングウェイが居た痕跡から、何か自分が感じとれるものがあるのではないかという期待、同時に、あまりの凡庸さに失望するかもしれないという不安。様々な気持ちが折り重なって、ドキドキしながら家に足を踏み入れたのです。

あのドキドキ感、この本「作家の家」を書店で見つけて、思っていたよりも大判、写真集などでよく見られるB4サイズのしっかりした作りの本を初めて開いた時に、同様の高揚感を味わいました。

ページをめくり、まためくり、美しい写真の数々に満足し、目次に載っている作家の名前のリストを目で追い、
あの時と同じように良い結果が得られるだろうと確信。すぐに購入を決めました。


先ずは、プロローグのデュラスの家(20人の作家の中にデュラスは含まれていないので、実際には21人の作家の家ですね)。デュラスの「エクリール」という作品の抜粋が、そのまま掲載されていました。田舎の家、子供との思い出が詰まっていて、孤独に作品を生み出していく家。
次は一人飛ばしてコクトーの家。作家と言うよりも芸術家、美的センスに溢れる人物の、妥協を許さぬ贅を尽くした部屋といった趣です。もっともコクトーは、詩人でもあり、劇作家であり、画家でもあり、非常に多彩な人でしたが。
前回書いた「コケティッシュなスフィンクス像」とは、コクトーの家の門の脇に置かれた白い石像です。

それから、気になる作家たちのページをめくってみました。どのような素敵な家なのだろうと期待をしながら
モラヴィア、そしてユルスナール。

ところが期待に反し、モラヴィアの夏の別荘はあまりにもシンプルで面白みに欠け、ユルスナールの家は世俗的で、特に心に響くものを写真からは見出せず、文章を読む気をいっぺんになくしてしまいました。それで後回しに。

ページをぺらぺらめくり、美しい家、美しい部屋を見つけては、作家とその家にまつわる話を読んでいく。

どの時期に、どのようにしてその家に住み始め、誰と生活を共にしていたのか?
部屋に置かれた品々が、どんな思い出を秘めているのか?

作品の中で家について言及している部分の抜粋や、近親者のコメントを織り交ぜながら、作家の家への想いや、その家で書くことが、どのような心理的作用をもたらしたのかを語っていく文章は、伝記を一冊読まずとも、その人物を知るには十分ではないかと思えるほどの情報量です。

大方読み終わり、そろそろモラヴィアとユルスナールのページに移ろうと思い、先ずモラヴィアを。

読み始めてみると、部屋がシンプルなのには、きちんとした理由があったのです。


    つづく
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