あれもこれも 

失った物への哀惜の念。
一つ思い出すと、数珠繋ぎに次々といろんな物の記憶が蘇ってきます。

第2ブログに書いたカンナの花もその一つ。
 ・こちらドイツのヒマワリ(幸せテディベアのモノローグ)

私が子供の頃には、庭にダリアの花も、立派なツバキの木もありました。
 ・参照画像ダリア
        ツバキ
        
これらは、庭の改修工事の時に処分してしまい、ツバキは太い一枝を生かしておいて、植えなおし、今もどうにか残っているけれど、ダリアは完全になくなってしまいました。
写真にも残っていないけれど、あのダリアの大きな花の黄金色は、今でもしっかり覚えています。

そうだ! ツバキのそばに、木製の滑り台を置いていたっけ。
何年も野ざらしにしておいた結果、ヘンテコなキノコが生えてきて、塗料もはげ、結局捨ててしまいました。

あっそうだ。子供の頃に使っていたろう石。道路などに文字が書ける石ですが、玄関においてあった小さな箪笥の引き出しに入れておいたのに、草抜きの道具と共にいつの間にか無くなってしまったんですよね。

草抜きの道具で思い出したのは、柑橘類の皮むき用・簡易プラスティックナイフ(鳥の形)、あんなにたくさんあったのに、いつの間にか一つもない。
皮と一緒に捨ててしまったんだろうなぁ…

もうきりが無いですね(笑)。
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なんとなく書きたいこと。。日記

コメント

なくなってしまったからこそ

持っていれば逆に価値を感じないで、なくなってしまったからこそ美しく思い出されるのでは考えるようになりました。
不思議に楽しいものが多く思い出されるのも嬉しいことです。

うんうん

みどりのとりさん!
それと、羊羹についていたんでしたっけ?虫眼鏡つきの定規。昭和天皇がお考えになったもの。

ろう石にプリズム、万華鏡。ビー玉やおはじき…
私にとっては、大きな泰山木。我が家の木を失ったことは、今でも家族を失った悲しみを覚えます。

鉄棒

>>道路などに文字が書ける石ですが

すごく懐かしい(笑)書ける石、沢山探して確保していた覚えが、私にもあります。
そういえば、うちの庭には鉄棒がありました。体操習ってたのに逆上がりが出来ない時期があって、両親が買ってくれたものでした。あの時、出来るようになって自信が持てたんだよなあ。気付けば何処かに逝ってしまった・・。

のびぃ太さん

おっしゃるとおり。人の場合にも言えることかなと思います。今、目の前に居る両親や、普段仲良くしている友達も、居て当たり前だと思っているから、時々邪険にしてしまったりするのですが、大切な人たちなんだって、失ってから気づくようでは遅すぎますものね。

碧さん

虫眼鏡つきの定規って、昭和天皇がお考えになったものなんですか?!
貴方はなんでもご存知ですね。

ビー玉やおはじきは、確か、子供の頃使っていた箪笥に、リリヤンなんかと一緒に入っているはずです。後で確認してみようっと。
碧さんの場合、大きな泰山木ですか。失って悲しみを感じる植物。心中ご察し申し上げます。

ケトルさん

書ける石、沢山お持ちだったんですね。そういえば、最近は、道路に絵を描いている子供を見なくなりました。車があまり入ってこないような道路や路地も少なくなりました。

鉄棒!我が家には未だにあります。買った直後は部屋の中に置いていて、その後外に置いて、数年前まで布団干しとして活躍していましたが、鉄が錆びて、ぐらぐらして、そのまま放置してあります(笑)。

いつの間にか

なくなっているものってありますね。

お庭の植物も、私はキンギョソウが好きでパクパクして遊んでたのが、いつの間にかなくなってました。

なくなって初めて、好きだったことがわかりますね。

ろう石、宝物のようにされていたのでは? 私はチョークのかけらでいいから欲しいと思ってました^^

創さん

キンギョソウ、どうしたのでしょうね。今まであった植物が消えてしまうのって悲しいですよね。

ろう石、おっしゃる通り、宝物でした。ですから、ほとんど使ったこともなくて、時々引き出しを見ては、そこにろう石が入っているのを確かめて、ニッコリしていました。それなのに…。不思議です。

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