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この絵の名は「鳥の○○」~その3 

この絵の名は「鳥の○○」~その1で、細密画師の物語「わたしの名は紅」をご紹介し、
この絵の名は「鳥の○○」~その2で、細密画が表紙となったノートをご紹介し、

お待たせしました。今回は、そのノートの細密画について、話を進めていくことにしましょう。

絵の端にあったアラビア語(ペルシャ語だったことが今回判明)
から、細密画の情報を探ることを諦めてから数年たち、かつて、細密画の情報を得ようと試みたことすら記憶のかなたに消えていました。

オルハン・パムク著わたしの名は紅(あか)を手にした時、細密画をもう一度調べてみようと気になったのです。

今回の記事を待ちきれなかった方は、すでにメトロポリタン美術館の公式ページを開いて、「Search」のところに「bird」、つまり「鳥」と入れて検索し、ノートの細密画を発見されたことでしょう。
しかし私は、ノートの裏側に貼ってあった絵のタイトル「Concourse of the Birds」を入力し、Google検索したんです。英語版Wikipediaに載っていました。画像も載っていたので、これに間違いありません。

12世紀ペルシャの、イスラム教・スーフィーの詩人 ファリド・ウッディン・アッタール(Farid Ud-Din Attar)が書いた4,500行の詩からなる本「鳥の会議(The Conference of the Birds)」に描かれた絵 「The Concourse of the birds」とあります。描いたのはハビブ・アッラー(Habib Allah)。絵のタイトルThe Concourse of the birdsのConcourseを日本語で何と訳せばいいのだろう?コンコース…。集合?群衆? なら、The Concourse of the birdsは、集まった鳥たち? 
ところで、本のタイトルThe Conference of the Birdsを「鳥の会議」としたのは、そのように訳されたサイトを見つけたからです。

いろいろ調べていく中で、本のタイトルを「鳥の言葉(The Language of the Birds)」と表記しているものもあることに気がつきました。
 ・こちらTimeline of Art History

メトロポリタン美術館では、「言葉」の方を用いていますね。「鳥の会議」「鳥の言葉」と2通りあるのは、どうやら「Mantiq al-Tayr」という原題の訳し方による違いのようです。

先ほどのサイトに、さらなる情報も。細密画が描かれたのが西暦1600年頃となっています。12世紀に書かれた詩に、西暦1600年頃に絵を付けて本にしたということでしょうか?

日本語で、詳しく説明した物がないかと探してみると、
「こういうものを最初に見たかった!」
というものを発見。東大の鎌田由美子氏の講演内容を記録したもののようです。
 ・こちら「鳥の言葉」の成り立ちについて

この細密画は、15 世紀末のイスラム時代のティムール朝ペルシアの都市ヘラート(現アフガニスタン)で宮廷文化が花開く中で、ペルシア芸術の粋を集め作られた挿絵入り写本だということですね。恐れ多くも、ティムール朝写本の傑作とみなされているものだったのです。
写本なので、詩の制作年と、絵の制作年が違ってくるのですね。確かに、「わたしの名は紅」中にも、写本についての言及が、ここかしこにありました。しかし、メトロポリタンにあった1600年頃とこの15世紀末とでは、だいぶ隔たりがありますよね。再びメトロポリタンの方に戻ってみると、絵の説明ページに面白いことが載っていました。

細密画は、15 世紀末ティムール朝美術の特徴が出ているが、右側の猟師が手にしている鉄砲(?)が発明されたのが1600年頃なので、絵が描かれたのも1600年頃としてある様なのです。
20070902155958.jpg

 ・参照The Language of the Birds

   つづく

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絵画学問・文化・芸術

コメント

ほほう

ハビブアッラーですか、「アッラーに愛されし者」という名前ですね!
この記事、どこまで続くか、とても楽しみですが、人を紹介しますので取材してはいかが?
ペルシャ語と文化の達人の上に、今月からペルシャ在住です。
http://ethno-mania.at.webry.info/
いや~彼女なら読めるかもしれません!

タイムスリップ

鎌田由美子氏をクリックしてみました。
>ペルシア絵画の傑作とみなされる挿絵を含み、ティームール朝写本の代表作品とされている。

んまあ!すごいものだったのですね。なんだか勉強になりましたです。とはいえ、ティームール朝にサファヴィー朝・・ですか。サ、サファヴィー朝から調べてみます(笑)

オルサさん、素敵だワーー

面白くなってきましたねーーー。
 
右側の猟師が手にしている鉄砲(?)が発明されたのが1600年頃なので1600年頃としてある様ということは、それ以前に描かれていた可能性があるって事ですよね。
つづきまたまた楽しみです。

碧さん

リンクしてくださった今月からペルシャ在住の方というのは、碧さんのブログ
「イスラミック・ブルー」
http://blog.goo.ne.jp/mubaraklx/
や「地球散歩」
http://blog.goo.ne.jp/pinacordoba/
のコメント欄で度々お名前を拝見していたellyさんですね。

実は何度かブログを覗かせていただいたことがあるんです。が、あまりにも内容が濃密で、「ほんのちょっとアラブが好き」という程度の私の知識では追いつかず、コメントを残したこともありませんでした。(その点、碧さんのブログは、非常にわかりやすく紹介してくださるので、コメント入れやすいです)
これを機会に、ellyさんのブログ・ペルシャ編でペルシャ文化のお勉強もできればと思います。ありがとうございます。

ハビブアッラーは、「アッラーに愛されし者」という意味ですか。これが本名なのか?あるいは、「わたしの名は紅」で、細密画師たちにあだ名がつけられていたように、これもあだ名なのかもしれないと思いました。本の中のあだ名は、作者が意図的につけたのか、それとも、本名でなくあだ名が後世に残ることが多かったのかが不明ではありますが、スペインで活躍したエル・グレコ(ギリシャ人の意味)の例もありますものね。

ケトルさん

ティムール朝文化といえば、今日たまたま、NHKの新シルクロードを途中から見たところ、サマルカンドにあるティムール時代の建造物のモザイクを修復する親子3代が紹介されていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%89

harulaさん

記事中にリンクしてある鎌田由美子さんのお話ですと、
「15世紀末、ティームール朝ペルシアの都市ヘラートでは宮廷文化が繁栄し、支配者が経営する書画院では、ペルシア芸術の粋を集めた挿絵入り写本が制作された。この写本もその一つである。」
「写本の奥書によれば、写字が完了したの西暦1487年4月で、挿絵の一枚にも同年の年記がある。」
とありますよね。メトロポリタンも、The idyllic landscape in which the birds have congregated appears to be in harmony with the late-fifteenth-century Timurid miniatures in the manuscript…
つまり風景の描き方に15世紀末の特徴を認めていますよね。
15世紀末というと、つまり1400年代後半ということですが、1600年頃とは100年~150年くらいの開きがありますね。鉄砲(?)の発明年が実際にはもっと早かったのか、あるいは、絵は後に誰かによって手を加えられたため、このような年代のずれが生じたのか?ここから先は、素人の私が調べる術がないですし、知る必要も感じません。

次回は他の点について書き進めていく予定です。

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