アンリ バルセロナ動画 

電撃的な移籍を果たしたティエリ・アンリ
昨夜チャーター機でバルセロナ空港に到着し、そのままカンプ・ノウへ。オフィス前で記者達の前に姿を見せたアンリの動画が、スペイン紙モンド・デポルティーボ(Mundo Deportivo)のサイトで見られますよ。
追記:その後、動画のページが消えてしまいました。あしからず。でもこの記事の最後に、YouTubeのリンクを加えました。)
 ・こちらMundo Deportivoのサイト

バルセロナの公式サイトによると、

「ここに来ることはとても価値あることであり、とても感動的なことだ。一刻も早くカンプノウでプレーできることを望んでいる。そして、できる限りチームに貢献できるよう頑張りたい。ここにいれることはとても名誉なことだ。バルサの選手としてできる限りのことをしたいと思っている」

と、語ったそうです。到着時の写真も、公式サイトで見られます。
 ・こちらバルセロナ公式サイト

今日は、カンプ・ノウ・スタジアム(Camp Nou stadium)でメディカルチェックを受けました。
 ・参照アンリ カンプ・ノウでメディカルチェック(幸せテディベアのモノローグより)

この後、記者会見も開かれるのでしょう。その映像を早く観たいです。

[追加]記者会見や、ファンへのお披露目など、さらに動画を見たい方は
 ・こちらThierry Henry(YouTube)
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欧州サッカー全般スポーツ

ティエリ・アンリ移籍決定! 

foto_143086_CAS.jpgこの画像、バルセロナのユニフォームを着たティエリ・アンリ(Tierry Henry)。昨年2006年1月26日の記事 ファン心理(幸せをくれるテディベア)に載せたものですが、「バルセロナとの間に口頭での合意がなされ、来季バルセロナでプレーする可能性が90%となった」とし、スペイン・カタルーニャのスポーツ紙「スポルト(Sport)」が昨年1月に載せたティエリ・アンリの合成写真です。
しかし結局、バルセロナへの移籍は実現せず、2006-2007シーズンもイングランドのアーセナルでプレイしたアンリ。

バルサのアンリが誕生するか、最近再び注目されていましたが、

遂に、移籍金2,400万ユーロ(約40億円)で交渉がまとまったようです!

ヤッター!4年契約だそうです。

公式発表がまだなので、諸手を挙げて喜ぶことが、まだできないのですけれど、バルセロナのラジオ番組“カタルーニャ・インフォルマシオン”が22日、このニュースを伝えたらしく、バルセロナのソリアーノ副会長はスペイン通信に対し、23日にも正式発表できると述べたそうですので、これはガセネタではないようです。
 ・参照バルサ、アンリ獲得へ(livedoorスポーツ)
    アンリがバルセロナへ(スポーツナビ)

今季、無冠に終わったアーセナル。アンリと良いコンビネーションを見せていたベテランプレイヤー達が次々と退団する中で、アンリがアーセナルに居続ける意味があるのかな?と、年々思うようになってきました。彼も今年の8月で30歳。選手寿命の短いサッカーというスポーツにおいては、30歳という年齢は、ベテランというよりも、あと何年プレイが続けられるかのカウントダウンが始まり、将来の身の振り方も考えなければならない年齢です。奥様が英国人で、子供の教育環境を考えると、イングランドを離れることにためらいがあったのかもしれませんが、サッカー選手として様々な経験を積み、成長し続けるためには、スペインへ渡る以外に方法は無いのではないかと、私は思っていました。やっと、スペイン・リーガ、しかもバルセロナに加入。どんなスペクタクルサッカーが見られることか?!

開幕が待ち遠しいです。
8月のバルサ来日の際には、アンリもやってくるのでしょうか?
ワクワクします!

[追加情報]
アンリ独占手記(英紙The Sun)

アーセナル、バルセロナ、共に公式サイトにてアンリ移籍を正式に発表しました。
 アーセナル公式サイト
 バルセロナ公式サイト

[追記]アンリの動画を載せたこちらの記事も載せておきますね。
 ・こちらアンリ バルセロナ動画 (幸せをくれるテディベア)
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欧州サッカー全般スポーツ

シチリアの騎士道~その3 

パレルモ・マッシモ劇場(Teatro Massimo)オペラ、来日公演のチケットを買うまでの経緯を、シチリアの騎士道~その1、そしてシチリアの騎士道~その2で、途中まで書いてきましたが、
看板を見て、オペラを見に行きたい!と一度は思ったものの、4万円を出すのが惜しくなってきた私。躊躇するもう一つの理由がありました。

オペラはたいてい一作品の長さが、2時間、3時間くらいですよね。その間、演奏・演技を飽きずに見続けていられるか、自信が無いんですよね。クラシックのコンサートも、色々な曲をオムニバスで演奏するならいいのですが、交響曲や協奏曲を第1楽章から順に演奏されると、途中で飽きてたいてい寝てしまうんですよね。オペラの場合も同様で、テレビで見る場合、飽きてチャンネルを変えてしまうことがしばしば。いや、ほとんど。テレビドラマや映画のように、話が思いもよらぬ方向にどんどん展開していけばよいのですが、オペラのストーリーって単純だし、現代に生きる私が理性的に見てしまうと、とても下らないことで事件が起きたり、不都合がおきたり、たった一つの事を大げさに歌い上げたり…。
ついていけなくなっちゃうんですよね。

しかし、今回の演目「カヴァレリア・ルスティカーナ」は演奏時間が70分。もう一つ「道化師」という別のオペラ(70分)と共に上演されることがわかりました。このくらいの長さなら大丈夫かな?ということと、まるで私にオペラを見に行くことを促すように、翌日の新聞だったか(?)マッシモ劇場オペラ公演の広告が載っていたのです。

考えてみれば、生まれて初めての銀行の通帳トラブルがなければ、マッシモ劇場オペラの看板を見ることは無く、行ってみたいと思うこともなかったわけですし、しかも自分が好きな作品(といっても、好きなのは間奏曲だけですが)の上演、上演時間も他の作品に比べて短くて飽きづらいかな?という気もします。ここまで良い条件が揃って、見に行かなかったら、後悔しそうです。

チケットは昨年の11月から発売されていたようですから、いい席は当然埋まっています。少しでもいい席を確保したくて、直接オーチャードホールに出向き、座席表を見て、チケット売り場の方の助言をもとに、バルコニー席を獲りました。

さぁ、どんな仕上がりでしょう?楽しみです。
最後に一言。書き忘れていたマッシモ劇場にまつわる話。フランシス・コッポラの代表作「ゴッドファーザーPART3」のラストシーン。
アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネの娘メアリー(ソフィア・コッポラ )が劇場の大階段で撃ち殺され、家族たちが嘆き悲しむあのシーンは、20070620234311.jpgマッシモ劇場にて撮影されました。また、エンディングに流れていたのが、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲です。

 ・参照マッシモ劇場 公式サイト
    カヴァレリア・ルスティカーナ(Wikipediaより)
 
 ・オペラ関連記事2009年のお正月~その1
           2009年のお正月~その2
  
   つづく
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音楽のある生活音楽

シチリアの騎士道~その2 

前回シチリアの騎士道~その1に書いたように、パレルモのマッシモ劇場(Teatro Massimo)のオペラ 来日公演のチケットを買う決心(ちと大げさ?)を私にさせたある出来事。それは、

初めて体験した銀行の通帳トラブルから始まりました。

いつものように、ATMで給料の入金を確かめようとしたところ、何も記帳されずに通帳がATMから出てきました。

「なぬ?まだ給料が振り込まれていないのか?」

不思議に思って、経理担当者に聞いたところ

「振り込みましたよ?!」

え”!どういうこと?

あわてて再びATMのあるところまで戻って通帳を差し込んでみたものの、すぐに通帳が出てきてしまいます。念のため、隣の機械に入れてみても同じ。
それほど磁気の部分が汚れているわけでもないのに。何で???

とにかく、こうなったら銀行の窓口で聞いてみるしかありません。

面倒くさ~い!

銀行の支店統廃合で、かなり前に銀行の支店が消え、一番近い支店へは、歩いて15分くらいかかります。
コンビニも駅も郵便局もオフィスデポも会社から5分以内のところにあるため、10分以上歩くとなると、かなり離れた所に行く。お散歩に行くという感覚です。

てくてく歩いていくと、途中、信号待ちをしなければなりませんでした。

丁度目の前に立替中のビルが見え、その周りを工事中の塀が囲んでいて、綺麗な建物の看板が目に付きました。

「あれ、もしかしてマッシモ劇場じゃないの?」
teatro_massimo.jpg

看板を良く良く見てみると、マッシモ劇場のオペラ、
初来日公演の文字。
そして、演目を見てみると、
マスカーニ(Pietro Mascagni)の「カヴァレリア・ルスティカーナ(Cavalleria rusticana)」!

この間奏曲、大好きなんです。CMにも使われていますよね。
 ・こちらカヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲
 ※お馴染みのメロディーは、1分39秒あたりから

カヴァレリア・ルスティカーナ(Cavalleria rusticana)を日本語に訳すと、田舎騎士道となり、シチリア東部の村ヴィッツィーニ(Vizzini)での実話をもとした、ヴェリズモ(現実主義、真実主義)文学の巨匠ジョヴァンニ・ヴェルガ(Giovanni Verga)の短編作品「カヴァレリア・ルスティカーナ」が原作。この小説をヴェルガ本人が戯曲化し、それを基にピエトロ・マスカーニ(Pietro Mascagni)が作曲し、ジョヴァンニ・タルジョーニ=トッツェッティとグィド・メナッシが脚本を手がけ、1890年にオペラ完成。

しかし、正直なところ、間奏曲が有名なわりには、オペラの他の部分を聞いた覚えがないし、話題にされているのを聞いたこともありません。いったいどんな歌劇なんだろう?間奏曲が綺麗な曲なだけに、興味が湧きます。

「来日公演を、是非見に行ってみたいな!」

シチリアへの郷愁もあって、看板を見て、そう思いました。

ところで銀行通帳ですけど、ATMで記帳ができなかった原因はわかりませんが、残りページわずかでしたので、新たに通帳を発行してもらい、問題解決です。

さて、帰宅後、公演の情報をネットで調べてみると、渋谷の文化村 オーチャード・ホールで6月26日(火)~7月3日(火)。渋谷なら近いし、土・日なら行かれるだろう。S席が4万2千円。やっぱりそのくらいはするか。

是非見に行きたいと思ったものの、やはり値段を見てしまうと、一般的なコンサートとどうしても比べてしまい、二の足を踏んでしまいます。
つづく

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日記日記

シチリアの騎士道~その1 

7月に楽しみにしているイベント。それは、コレ
teatro_massimo.jpg

イタリア パレルモのマッシモ劇場(Teatro Massimo)
のオペラ来日公演です。

海外のオペラ劇団を招聘した場合、一番いい席が4万、5万は当たり前。スカラ座クラスだと7万円位(あるいはそれ以上?)しますよね。とにかく高い!というイメージが強くて、今までとても行く気がしませんでした。見るからには、やはりいい席でないと意味無いと思いますし、いっそテレビやDVDで見ればそれで十分。という考えでした。

ところが、今回は「行かねばならぬ。」と、思わずにはいられない出来事があって、思い込みの激しい私は、多少迷ったものの、チケットを購入したのです。

ここで、マッシモ劇場について少し説明を。

地元の建築家ジョヴァン・バッティスタ・フィリッポ・バジーレによって、当時の最新技術を駆使して造られたこの劇場。1875年に着工後、22年もの歳月をかけ、1897年に落成しました。パレルモの顔ともいえるこの建物を、私、過去3回パレルモを訪れた度に見ています。
初めてその姿を見たとき、その華麗な姿に「パレルモには、今でもこんな綺麗な建物があったんだ~」としみじみと思いました。というのも、
パレルモ駅前から続く道路を歩き、バスに乗って見えたものは、地球の歩き方(イタリアに載っていたゲーテの言葉「世界一美しいイスラムの都市」 からイメージしてパレルモからはずいぶん様変わりした、近代的な建物と全体的に埃っぽくて、カオティックなパレルモの姿だったのです。

マッシモ劇場を見て、少しパレルモが好きになり、翌日、旧市街を歩き回り、イスラム文化の影響を色濃く残しているエレミティ教会パラティーナ礼拝堂のあるノルマン宮を目にし、どうにか、かつての栄華を感じ取ることができました。

さて、先ほど書いた、オペラを見に「行かねばならぬ。」と、思わずにはいられなかった出来事。それは~
 
つづく
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音楽のある生活音楽

再びノリタケ 

再び「ノリタケデザイン100年の歴史」展についてなんですが、会期中に、もう一度行くことにしました。今度は県外に住む友人を誘って。
 ・過去の記事オールドノリタケ 美の饗宴

この展覧会は、最初、6月に楽しみにしているイベントとしてご紹介したんですよね。
 ・こちら6月にノリタケ

7月には、また別のイベントを楽しみにしているんです。

時間が無いので、今日はここまで。ごめんなさい!
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今日のつぶやき。日記

オールドノリタケ 美の饗宴 

前回告知しましたように、そごう横浜店において、「ノリタケデザイン100年の歴史」展が6月2日(土)より始まりました。初日の今日、さっそく行ってきました。

名古屋にある「ノリタケの森(過去の記事ノリタケの森 再訪)」に2度行ったことのある私は、その美しさに魅了されたオールドノリタケを再び見られるのが楽しみで行ったのですが、実際に行ってみて、「再び見る」どころか、かつて見たことの無いオールドノリタケの数々、そして、想像以上にたくさんのデザイン画を目にして、多感な少女時代に戻ったように、心躍らせ、はしゃぎながら、無我夢中で見て周り、時間がたつのも、足が疲れるのも忘れる程でした。

最初に展示されている現代のノリタケのテーブルセッティング、そして鳥や蝶をあしらった初期の絵皿に続いて私の目に飛び込んできたのは、まさに美の饗宴。王侯貴族の宝石を展示するかのように、一つ一つ透明なケースに入れられたオールドノリタケの花瓶や壷、それはまるで、晩餐会に招かれた世界各国の高貴なご夫人達が身にまとう美しいドレスのように豪華絢爛で、しかも息を呑むほど精緻なデザイン。特に、金点という金色の小さな半球がたくさん施された技巧や、取っ手や口の部分の凝りに凝った曲線に目を見張りました。

そして、その次に展示されていたデザイン画!その一部をお見せすると、
20070602235021.jpg20070602235138.jpg

20070602235201.jpg20070602235224.jpg

購入したポストカードをスキャンして載せましたので、画質がいまいちですが、こういったデザイン画が何枚も何枚も。

カタログを読んでわかったのですが、太平洋戦争の戦火を逃れて現存する約120冊のデザイン画帖の約半数が、今回展示されているそうです。

では、このデザイン画は、どのようにして生まれ、使われたのでしょうか?

1904年に設立された日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミテド)。その創始者 森村市左衛門と豊 兄弟は、1876年(明治9年)に東京・銀座に日本の骨董品、陶磁器、屏風、人形などを仕入れて海外に輸出する貿易商「森村組」を起こします。続いて、ニューヨークに小売店を構え、日本で仕入れたものを現地で販売していました。徐々に主力商品を陶磁器に据えるようになりますが、ニーズの変化に伴い、取り扱う商品を、今までの純日本風なものから、米国人が求めるヨーロッパ調の陶磁器への転換を迫られます。そこで、ニューヨークに図案部を設立するのです。

顧客の好みに合わせ、流行を取り入れたデザインを、日本人のデザイナーに描かせます。そして、丁寧に描かれたそのデザイン画を日本に送り、色も形も全く同じように造らせたのです。こうして、多くのデザイン画が誕生し、後には、見本帖(商品カタログ)が、続いて、セールスマンブックが作られていったのです。

当初、陶磁器の素地を瀬戸の専門業者に造らせ、絵付けの部分は、専属の絵付け業者に発注していました。やがて商品受注の飛躍的な伸びを受け、1904年(明治37年)、瀬戸に近い名古屋の則武(のりたけ)という場所に、素地の製造から絵付けまでを手がける食器メーカー 日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミテド)が、遂に誕生します。

その後も顧客の要望に答える為、研究を重ね、1913年には25センチの白色硬質磁器のディナー皿を完成させ、翌年には、日本初のディナーセットを完成させます。1920年代には、アール・デコの製品、そして国内向け食器、さらに現在に至るノリタケデザイン。その100年余りのデザインの変遷をすべて見ることができる今回の展覧会。日本における洋食器産業の歴史の総覧ともいえる、こういった展示は、今回が初めてだそうです。どうぞこの機会に、陶磁器の美を体験してみてください。

そごうの横浜店では7月17日(火)まで、その後
宇都宮美術館 9/16~11/11
長崎歴史文化博物館 2008年 4/12~6/1
静岡・佐野美術館 2008年 9/6~11/3
京都文化博物館 2009年 1月下旬~3月下旬
名古屋ボストン美術館 2009年 4/18~8/30

 ・参照ノリタケデザイン100年の歴史(そごう横浜店)
    ノリタケ公式サイト

 ・関連記事春の息吹をデミタスに見る
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